モアイとは何か。個人的幻想で想像してみよう。当時イースター島には独自の言葉と文字があった。ということは文明を持っていたと考えられる。文字があったということは、外部の存在が想像できる。外部とはなにか。まず他部族。しかしあれだけ小さな島であれば、統一されていたと考えたほうが自然だ。ということは島の外から、船で他民族が接触していたはずである。モアイの目玉は珊瑚質の石灰岩で出来ているらしい。それは外部から持ち込まれないと島には存在しない。石の文明は世界各地に遺跡が残っている。古代人の石に対する感覚は今とはまるで違っていたはずだ。そこには何か霊的なものがあった。日本でもその名残として石を拝む風習が残っている。そして究極的にいえば日本の山は石(岩)であり、天然のピラミッド(中には人口的に造られた山もあるはずだ)で霊的な信仰の対象であった。それらのことを考慮すると、まず考えられるのはモアイが霊的な存在であり、信仰の対象であったという仮説。唯一島の外側に向けて建てられている7体のモアイは、天文学的な用途があった事が判明している。そこは祭祀的な空間であったであろう。しかし疑問は残る。それ以外の島の内側に向けて建てられているモアイの謎だ。それが島の守り神なら、外側に向けて建てるのが普通だと考える。逆に内側を向く事で、島全体を封印しているのか。伝説ではモアイは魔力によって動かされ、ひとりでに歩いたらしい。それは何を意味するのか。あとモアイがイースター島にしか存在しないのは何故か。鳥人伝説と食人伝説、諸々の精霊崇拝、超能力もあったらしい。民族的にはどうやら南米系ではなく、東南アジアポリネシアン系民族に近い遺伝子を持っていたらしい。しかしそれが元から住んでいた民族なのかは、はっきりしない。問題は19世紀に奴隷商人船がやってきて島民を連れ出し、僅かに戻ってきた島民が天然痘等の様々なウイルスを持ち帰った為、島民の大半が亡くなり伝統的文化が途絶えてしまった。そしてこの島独自の、ロンゴロンゴ文字で書かれた文字板を読める者が途絶え、しかもキリスト教宣教師等によって文字板の大半が焼き払われ、持ち去られた。はたして文字板には何が書かれていたのだろうか。まだまだ興味深い謎は尽きない。きりがないので続きは次回にて。妄想は果てしがない。
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