詩人金子光晴のエッセイ集。その中で強く印象に残ったのが、日本人の性癖という章の「梅雨」という部分。1925年6月『短歌雑誌』と記載されている。凄い文章。少し引用してみる。
前略
梅雨期は黒だ。悶絶した黒だ。
梅雨期は、昼でもその背後に夜が横わっている。夜でもその背後に、燐(フオスフオラス)がもえている。生物達の生活は、生の悦びでもなければ、地上の交歓でもない。それは、他のうえに他がはびこり、太ろうとする野心だ。欲望だ。中略
――淫蕩、詐術、貪食、悪徳、それら生の行蹟、生のみのもつ権限のような悪の行蹟を、燦爛たる行為の詩を、咽ぶがごとく法悦するがごとき雨の伴奏につれるこの「成生」の音楽を讃歎するまでの心はないか。
悪を拒絶することは、神を拒絶することである。・・・・・・
私は、迫ってくる夜陰のなかに、益々近くこれら生成の、やるかたない、深い歎息のような、訴のような、悔のような無上の恋の涅槃を聴く。私の部屋は、私の机は、全く沼沢の上に運ばれていった。後略
ちょっと引用が長くなってしまったが、気に入った部分なので。始めから通して読むと味わいは格別になる。感性の部分に深く感じ入った。生きた時代が違うので、こだわりがピンとこないところや、納得できないところもあるが、真摯な人だ。世界各地を放浪し、日本を呪詛し、愛し、突き放し、魅かれ、結局は逃れられない宿命を受け入れ生きた。だからこそ言葉の力が生まれ、読む者を撃つ。やはり日本人の中では異端の人だ。
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