面白いこと 面白くないこと
あまりにも”当たりまえすぎると”面白くない、と感じる。これはすでに知っている。これは当たり前である。などと感じると、私はだめな人間であると、どうしても気持ちが離れてしまう。そして、なにか興奮するような新しいものに興味を持つのだ。しかし、それは正しいことなのであるのか?
この一見”当たり前すぎて面白くないと感じること”それを実行するのはとても大変である。どのように”当たり前のこと”するのか?その当たり前のことを理解しながら、完璧にやることはとても難しい。そのことをどのようにクリアーしていくのか?それを考えると”当たり前のこと”がとても面白いことになっていく。
すなわち、面白くないと感じることが、面白いものに変化する瞬間である。しかし、それは、個人の意識になってくる。この次への変化こそが成長なのではないだろうか?そこには、グレート、ギャッビーの語り手が、最後にニューヨークを離れて西に帰ったように。そして、人は何かを学ぶほど、古典を必要とする。人は、面白くないことを面白いことに、強いて言うならば基礎が必要なのである。
私も、基本に忠実に、生きていかなければならないなどと思い、この頃は生活している。
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