朝青龍と亀田の復活
朝青龍の復活により、大相撲は活気を呈していると聞く。ジャンルに活力を生み出すにはヒールの存在が不可欠なのではないだろうか。特に格闘技の世界では。本質的に闘いとは、きれいとか汚いというレベルのものではない。もっと個人的なものであった。それを、勝敗というレベルにずらして、スポーツという枠組みに嵌めこんだのが現代。相撲は、もともとスポーツではないはずだ。伝統芸能に近いものであろう。神事であり、儀式である。そこで純粋に強さを競ったのではあろうが、観客に見せるものではなかった。プロスポーツとは、そこに観客にみせるという新たな要素が加わって成立する。古来、どの国の神話伝説を眺めても、善と悪が表れ、そこから物語は進展していく。観客は、そこに何らかの物語を観るのである。勝敗は一要素であって総てではない。朝青龍と亀田は、物語をもっている。だから面白いのだ。その物語をどう読むかは、それぞれ個人的な事柄であり自由であろう。日本のボクシングの人気が上がらないのは、物語を発展させる能力の欠如が原因なのではないだろうか。夢想は尽きない。
最近のコメント