年を取るにつれ、人のコノミも変わるのだろうが、私の場合も同じである。
昔は興味がなかったものに対して、興味が生まれ、少しずつ知識をつけ、それがより一層の興味を生み、より一層というふうにエクスパンションを繰り返す。その中の一つに私の場合、仏像見学が含まれている。
しかし、だからといって信じて信じるために仏像を見つめているのではないかと私自身は、私を観察する。[余談だが、私が尿管結石になったときに、痛さのあまり「神様助けてください。」と心の中でつぶやいていた。]
そして今回の展示会。鑑真和尚の像を見に、奈良まで行ったのだが、唐招提寺のもつ、他の仏像が良い。良いというよりも、新しく思うことがあった。奈良時代作られたものであるのに、平安時代のような趣があるのだ。[奈良時代の仏像は、平安時代の仏像と比べると、細身である。] 説明を読むと、それらは鑑真和尚と同じく渡来した中国の人の作ではとのこと。そこには新しい、流行した仏像が存在するのである。それが、その後の日本の仏像作家に伝播したのでは?いや伝播したのだ。
上のことは、何を言っているかと言うと、鑑真和尚という人がどのように、そして偉大なる影響と日本という国にもたらしたことを語っているのだ。それは、思想のイノベーションである。
新しい技術は、常にモ考え方(思想)モのイノベーションを起こすのである。私が今まで考えることの無かった鑑真和尚の背景と時代の背景を少し垣間見た。そんなことが主な興味になっている私は、年を取った。
それは、石垣りんの『表札』にも通じるものがある。「自分の住むところには、自分の手で表札を掛けるに限る。」私は、自分の住むところに表札をかけなければならないのだ。それは、まじめにスニーカーを売るということを続けなければならないのだ。どこがまじめで、どこが不まじめかは分からないが、私は私という存在を活かし、スニーカーに携わるのである。
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