スニーカー市場において、この15年私は、まじめに、それでいて、いい加減に、がんばってきたつもりである。(もちろんいい意味で)過去と現代を比べると、人の足の型は同じで、基本的に2足である。仏像のように、三面六ヒの様な人は、まれである。ということは、スニーカーの型は、ほとんど変わっていないのである。一方、機能というと多少変化がある。しかし、履いて飛べるようなものが、などと飛躍的に変わった物は登場していない。すなわち、スニーカーとは、何も変わっていないのだ。
売り方になると飛躍的に変わった様な気がする。何せ情報が、タダになり、いつでも、どこでも、どのようなスニーカーが、いくらで売られているかということがすぐにわかる。特に、ネットの威力は、果てしなく大きい。このごろのビジネス、遊びを考えるとインターネットを抜きにして、考えられないのではないどろうか?(ビジネスに遊びの要素がないとうまくいっていない様な気がする)
たとえば、楽天。はじめは、多くの人が新鮮に感じていた。しかし、多くの人が、参入、飽きてくると、楽天で売れる物は、日々、使われる物(水、トイレットペーパー、スイーツなど)になり、生活に必要な、生活に不必要な物が、はじき出されるようになってきた。これでは、ワイドショー現象(すべての人が、よくも悪くも知っている)であり、人の心の奥の何か?(欲望と呼ぼう)をつかめない。これが面白いことなのか?
しかし、この欲望という何か?人が目に見えないものを探すこと、人と人のコミュニケーションをネットで作る。それが、今のはやりになっている。そこのシステムを開発した人間が、今、儲けている人なのだ。それが、商売になる。
否定。人と人のつながりとはそういうものなのか?そうでは、ないところがある。肉と肉。血と血。汗と汗。視線と視線。多くの人の欠如しているところ。これが、ダウが1時間の間に、1000ドル近く下げる、理由なのだ。人には判断力があり、状況により、規制が効く。コンプーターよりも、リアルなねーちゃんの方がいい。 だから、コンピューターにはあまり深入りしないようにしようとする。とは思うのだが、ITとは生き物である。などとも思う。また、その否定をしなければならない。人生とは、その繰り返しなのである。わかったつもりで、偉そうに書く。
まとまりのない文章。反省する自分。そこが、チャプターの不気味さ。今日は、機嫌が悪い。コンピュターの前にい過ぎか?
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