本書の単行本の題名は「チェ・ゲバラモーターサイクル南米旅行日記」という。それを文庫化したものが本書。映画化された影響からだろう。その2004年に公開された作品(モーターサイクル・ダイアリーズ ウォルター・サレス監督)の評判もいいので、そちらにも興味が惹かれる。
この本は、革命家になる以前、若き日のゲバラの旅行記である。なにも小難しい思想はない。虚飾や偶像に縁取られていない、ゲバラというたんなる人間の存在が感じられる。そこに「特別」さは見当たらない。そんな普通の若者が後に、革命家として名を成らしめた原点が、この20代前半に行った南米旅行である。彼は旅の途上、喘息の発作に苦しむ医師の卵であり、アルゼンチンの裕福な家庭に生まれた、当時大学生であった。そのエネルギーの流れが、後の壮大なストーリーを生み出すに至る。そんな人生の不思議さを感じる本である。
私は、ゲバラに関して茫漠たる思いしかなかったのであるが、なんとなくその魅力に触れた感じがした。彼は本書の序文でこの旅についてこう語っている。
人間というものは、一生のうちの九ヶ月の間に、最も高尚な哲学的思索から、スープ一皿を求めるさもしい熱情にいたるまで、実にたくさんのことに思いを馳せられるもので、結局のところ全てはお腹の空き具合次第なのだ。そしてそれが同時に何か冒険じみたものであれば、その間、もしかしたら他の人の興味を惹くかもしれないような瞬間を生きることができるし、またそれを漠然と語っていくと、ここに記すようなメモになっていくのかもしれない。中略
人間の目というものは広い視野を持ったことなどなく、いつもうつろい易くて、必ずしも平等な見方をするとは限らず、判断があまりにも主観的すぎると? いかにも、けれどこれは、鍵盤を叩くに到らせた一まとまりの衝動に対して鍵盤の一叩きが与える解釈であって、その時にはもうあのはかない衝動は死んでしまっているのだ。中略
この「果てしなく広いアメリカ(南米大陸のこと)」をあてどなくさまよう旅は、思った以上に僕を変えてしまった。と
彼は、最後まで旅と革命に生きた。キューバで権力を得たのに、それを棄て、革命闘争に舞い戻っている。不思議な人物である。権力という魔力に捉われず、革命的医師として、最後まで闘いに向かわせたものとは。私はすべてを旅で学んだという言葉とともに。享年39歳。夢想は尽きない。 チャプターワールド
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