父は山口の厚狭で育った。祖父母は山口の小野田に家を建て住んでいた。そんな祖父母を私が最後に見たのは、ほとんど2年前。私のことをわかるのか?わからないのか?そんな彼方の空、それを見るような目で私を見ていた。その一周忌に来ている。
私の幼いときに、かつて祖父母が住んでいた、厚狭の街、特に厚狭川の橋上から見た川の流れを今でも思い出すのは、なぜなのだろう?私が年をとったせいなのかもしれない。綺麗な川と鮎を銛で突くおじさん。そんな川を見に行ってきた。何もない街を思うのは、私の人生と重なるものである。人生とは奥深いものであるが、底知れない。森羅万象などというのだが、理解できない。人は他者のことすらわからない。
しかし、生きている。
小野田も厚狭も駅の前は何もない。国道沿いに店が並ぶのだが。車社会。私は片目の視力がないために車に乗れず、このような場所では生きていけない。
橋の上からのイメージを、実際のものとは大きく違う。そんなものなのだろう。
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